坂本は無念の三振だが…64年前元巨人の岩本が4打席連続安打を逃したワケ

坂本は無念の三振だが…64年前元巨人の岩本が4打席連続安打を逃したワケ

 巨人の坂本勇人選手(31)が10日の中日戦で快挙を逃した。

 第1打席で福谷浩司投手の前に見逃しの三振。坂本は前日の第2打席目から3打席連続で本塁打を放っており、この日最初の打席でホームランを打てば、史上14人目の4打席連続本塁打の日本記録に並ぶところだった。

 坂本は見逃し三振で記録を逸したが、信じられないような出来事で4打席連続本塁打が阻止された選手がいた。元巨人の岩本堯選手(90)だ。

 1956年8月4日の巨人対大洋(現横浜DeNAベイスターズ)戦。巨人の5番岩本は第2打席から3打席連続でホームランを打ち、八回表に4打席目が回ってきた。すると、外野を守っていた大洋の青田昇選手(1924年~1997年)が突然、マウンドに向かって走ってきたという。後年、岩本氏に当時の話を聞いた。

「私が八回表に打席に入ると、ライトにいた青田さんが何か叫びながらマウンドに向かってきた。何かあったのかなと思って見ていると、『歩かさんかい!』とピッチャーに怒鳴っているんです」

 試合は七回を終えて14対6と巨人の一方的なリード。岩本を敬遠しなければならない展開ではない。だが、これには伏線があった。この年の5月6日の大洋対広島戦のダブルヘッダーで、青田は第1試合の八回裏に2ランを放つと、第2試合の第1打席から3連続ホームラン。4打席連続本塁打の日本記録を樹立していたのだ。

「その日、私は打撃が絶好調で、4打席目もホームランが打てる気がしていました。青田さんほどの打者ですから、目の前で自分の作った記録に並ばれるのでは、と感じたのかも知れません」

 大洋の迫畑正巳監督は権限を無視されたのに何も言わず、ベンチからまったく動かなかった。結局、青田に言われるまま、マウンドの豊田実投手は岩本を敬遠した。

 翌日の試合、岩本は第1打席で凡退。四球をはさんでの4打席連続本塁打も達成できなかった。青田は首位打者、本塁打王、打点王を獲得するなどチームの主力選手。迫畑監督は就任1年目。投手の豊田は新人。青田の要求に従わざるを得なかったようだ。

 64年前に記録達成を阻まれた大先輩の事情を知れば、少しは坂本の慰めになるだろうか。

▽富岡二郎 スポーツジャーナリスト。1949年生まれ。東京都出身。雑誌記者を経て新聞社でスポーツ、特にプロ野球を担当。