元巨人投手・矢貫さん、高校時代はスタンドで太鼓係 社会人で開花

【球界ここだけの話】

 人間、どこで花開くか分からない。自分の才能を信じ続け、遅咲きの成功を手に入れたプロ野球選手もいる。

 巨人でスタメンの常連となった松原聖弥外野手(25)を見て思う。俊足強肩とバットコントロールが魅力の新星は、生まれ育った大阪を出て宮城の強豪、仙台育英高に進学。だが3年夏も1学年下の上林誠知(ソフトバンク)らが甲子園で躍動するのをスタンドから応援する無名の控え選手だった。

 卒業後に首都大学リーグ2部の明星大に進み、育成ドラフト育成5位で巨人に入団。「野球人生で、悔しい期間が長かった。見返してやろうという気持ちが糧になっています」と“非エリート”の反骨精神を胸にはい上がり、4年目のブレークを実現させている。

 言うまでもなく、プロ野球選手は幾多の競争を勝ち抜いてきた怪物集団。対左打者のワンポイントリリーバーや守備固めで起用される選手も、高校時代はエースや4番といった過去を持っていることがほとんど。松原のような経歴は珍しい。

 過去に取材した選手では、日本ハム、巨人で中継ぎ投手だった矢貫俊之さん(36、現巨人ファームディレクター補佐)もそうだった。松原と同じ仙台育英高で3年間、公式戦出場ゼロの7、8番手投手。3年春のセンバツではアルプススタンドで太鼓をたたいていたとか。

 常磐大を経て進んだ社会人の三菱ふそう川崎で素質を開花させてプロ入りした矢貫さんは、「高校生のときはまさかプロ入りなんて想像がつかなかった。そういう(今は控えの)高校生も、夢を諦めずに頑張ってほしい」と語っていた。

 控えではないが、史上初の日米通算100勝100セーブ100ホールドを達成した上原浩治氏(45)、今月7日に巨人からロッテにトレード移籍した沢村拓一投手(32)も高校時代は野手がメイン。投手としての才能が目覚めたのは大学進学後だ。

 秋は引退の季節。レギュラーになれなかったからプロの夢をあきらめようとしている学生の中には、まだ大きな伸びしろを残している選手もいるはず。野に埋もれたままの才能が、一つでも多く日の目を浴びることを願いたい。(谷川直之)