夏未登板もスカウトが熱視線。大型左腕・千葉葵(滋賀学園)が復活するまで

夏未登板もスカウトが熱視線。大型左腕・千葉葵(滋賀学園)が復活するまで

 8月に甲子園で行われたプロ志望高校生合同練習会に参加した最速142キロ左腕の千葉 葵。1年夏を最後に公式戦のマウンドから遠ざかっていたが、合同練習会では力強いストレートを披露した。

【動画】夏は未登板ながらスカウト熱視線。大型左腕・千葉葵(滋賀学園)のここでしか見られないガチブルペン

 表舞台から姿を消していた2年の間に何があったのか、そしてプロを目指すきっかけについて語ってもらった。

県外で実力を試すべく滋賀学園へ

インタビューに応じる千葉葵投手 「お前がマウンドに立つ姿を見てみたい」と祖父に言われたことがきっかけで、小学1年生から野球を始めた。全てにおいて左利きの千葉は5年生から祖父の願い通りに投手としてのキャリアをスタートさせた。

 中学生になると、「強いところでやれば、自分も成長できると思った」と地元・神戸の強豪チームである神戸中央リトルシニアで野球を続けることに決めた。3年夏のリトルシニア選手権では4強入りを果たしたが、千葉の立ち位置は4、5番手投手。エースは神村学園で昨夏の甲子園に出場した田中 瞬太朗が務めていた。

 当時から最速134キロを投げていたが、「制球力がなかった」と振り返る。また、打撃重視のチームだったことも千葉にとっては出番を増やせない要因になっていた。

 だが、決して実力がなかったわけではない。「県外の強いところに行って自分を試したい。親元にいると甘えが出ると思ったので、県外を選びました」と高校は地元を離れて滋賀学園に進むことを決めた。

 「同じ左投げで凄い投手がいましたし、周りの野手も今まで以上にレベルが高くて、ついていけるか心配でした」と不安を抱えて高校野球生活をスタートさせたが、1年春からベンチ入り。2回戦の安曇川戦で公式戦デビューを飾った。

 「緊張で頭が真っ白になって、あまり覚えきれていませんが、振り返ってみると、自分らしいピッチングができたかなと思います」

 順調なスタートを切り、夏の大会でもベンチ入りを果たす。準々決勝までは出番がなかったが、準決勝の綾羽戦で同点の9回裏に登板。

 9回、10回は走者を出しながらも無失点に抑えたが、味方が1点リードした直後の11回裏は先頭打者に四球を出した後、2ボールとなったところで降板。その直後にチームは逆転サヨナラ負けを喫してしまった。

 「良い経験ができましたけど、当時の3年生をもう1勝させてあげることができなかったので、今でも悔いが残っています」次ページは:千葉葵の復活までの道のり

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