「甲子園」のなかった夏に球児たちは何を得たのか?

引用元:VICTORY
「甲子園」のなかった夏に球児たちは何を得たのか?

 夏の甲子園の中止が決まった時には、高校球児にとっての「最後の夏」がどうなるのかと心配された。しかし、47都道府県すべてで独自大会が行われた。

 優勝チームを決めるトーナメント方式を採用したところ、途中で打ち切りになったところ、7イニング制で行ったところとさまざまではあったが、球児たちは一応の区切りをつけることができた。

 8月半ばには、春のセンバツに出場が決まっていた32校が甲子園に集まり「甲子園高校野球交流試合」が開催され、無観客の“聖地”で熱い戦いが繰り広げられた。 この半年間、高校球児も、経験豊富な指導者の誰もが体験したことのない時間を過ごした。3月から部活動が休止になり、3カ月も全体練習を行えない高校もあり、練習が再開されたのが6月に入ってからという高校も多かった。それから1、2カ月の間に体調を整え、勝利を目指せるチーム作りをした選手たち、監督たちには感服するしかない。

 独自大会と甲子園交流試合を合わせて、全国各地で3200を超える試合が行われ、コロナウイルスの陽性者を出すことがなかったことは、今後の大会運営、来春のセンバツ、夏の甲子園開催に向けて大きな一歩となったはずだ。

 センバツ、春季大会(沖縄大会は準々決勝まで開催)、夏の甲子園とその予選がすべて中止となった2020年の高校野球。全体練習や練習試合さえままならなかった半年間で、指導者は何をつかんだのか? 甲子園にはたどりつけないとわかっていながら最後の夏に挑んだ球児は何を手にしたのか?

 8月の愛媛大会準決勝で宇和島東に敗れた済美の中矢太監督は言う。

「どの高校も同じ状況だと思いますが、チームづくりには苦労しました。2カ月ほど満足に練習も練習試合ができなくて、冬場に溜めていたものが一回リセットされてしまった。夏の甲子園の中止が決まって、牙を抜かれたような感じになって、そこからもう1回、『戦うぞ』という姿勢をつくるのに時間がかかりました。選手全員を同じ方向に向かせて、『みんなで戦おう』というふうにはなかなかならなかった。それでも、選手たちは頑張ってくれました」

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