田沢ルールを考える/里崎智也

引用元:日刊スポーツ
田沢ルールを考える/里崎智也

<深掘り。>

BC・埼玉に新加入した田沢純一投手(34)が7月31日、BC・栃木戦で初登板した。NPBの球団を経由せずにメジャーでプレーしたことで通称「田沢ルール」という申し合わせが生まれたが、田沢の国内でのプレーを機に、里崎智也氏(44=日刊スポーツ評論家)が「田沢ルール」を考察した。

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今日は田沢ルールについて考えてみます。田沢が独立リーグBC・埼玉と契約したころから、このルールが話題になってきました。私はきちんと議論した上で、このルールは見直すべきだと感じています。もともと、いくつかの疑問を感じ、もやもやしていました。

まず、田沢ルールは、田沢のメジャー挑戦過程に端を発した取り決めです。それなら、なぜ田沢本人に対して適用されるのか? という点です。法の不遡及(そきゅう)という原則があります。田沢ルールは法ではありませんが野球選手にとって12球団の申し合わせ事項は法律と同じ効力があります。ならば、法治国家として法の精神が求められるのは当然のことだと思います。

法の不遡及の観点からすれば、少なくとも田沢ルールは田沢自身には適用されないのではないか? 後からできたルールをさかのぼって適用し、そこに何の疑問も抱かないというのは、日本のプロスポーツ界をけん引するプロ野球として、どうなんだ? と強く問題提起をしたいです。私の認識不足で、田沢に適用される合理的な根拠があるかもしれません。それなら、プロ野球ファンも含めたみんなが知識を深め、この問題について建設的な意見交換ができるよう、説明できる立場の人に、しっかりプロ側の立場、根拠を教えてもらいたいと思います。

次に疑問なのは、そもそも田沢はドラフトにかかっていない、という厳然たる事実があることです。08年に田沢はドラフト指名を回避しています。それでも、事実としてドラフトにはかかっていないのです。ですから、今この時点で田沢ルールがどうのこうのとプロ側や、そして周囲が騒いでも仕方がないんです。

まず今の田沢がしなければならないことは、プロ野球(NPB)に入りたい意思があるかどうかを示すことです。あるならば、プロ志望届をしかるべきタイミングで提出することです。

スカウトが田沢を視察するかどうかは分かりませんが、NPB球団が必要であると認めさせる実力を証明すること、そして、ドラフト会議を待つことじゃないですか? それが、日本プロ野球が紆余(うよ)曲折を経ながら構築してきたドラフト制度という仕組みだと理解しています。

田沢ルールを「悪法だ」「田沢がかわいそうだ」といろんな声が上がっていますが、まずはこれからプロやメジャーを目指す選手が、同じことを繰り返さないための具体的な対案を示すべきだと思います。私は以下の方法を提案します。

(1)プロ志望届を提出する

(2)「1位指名でなければ日本のプロ球団には入りません」と公表する

(3)1位指名を受け入団交渉する際は弁護士同席のもと、何年でメジャー挑戦できるか条件(ノルマ設定など)を明確にする。条件をクリアした時には、ポスティングシステムを使うか、自由契約としてメジャーに挑戦できる権利を保証する

そして、ここが最も大事なポイントですが

(4)この条件をNPB球団が納得できないのであれば「プロ球団の方から手を引く」という取り決めにしておく

プロ側から手を引けば、選手が悪者になることが極力避けられます。メジャーを目指す選手の気持ちは職業選択の自由から、最大限尊重されるべきです。

ドラフト指名されてからメジャー挑戦への条件面を提示する方法もありますし、ドラフト前に「この条件をプロ球団がのめないのであれば指名しないでほしい」と球団側に伝えるやり方もあると思います。仮に2位以下で指名された際も同様の手順を踏む。球団が選手の条件を認められない時は、球団から手を引く仕組みが実行されれば、双方にとって大きな禍根は残さず先に進めると思います。

いずれのケースでも双方は守秘義務を順守し、クリーンな交渉のもとで、選手はメジャーに挑戦する道を、球団は意中の選手と入団交渉する道を、模索できると思います。少なくとも、こうしたスキームを実行すれば今後、田沢ルールに抵触する選手は出て来ないと、私は考えています。

今、田沢ルールが大きな話題になっているのは、制裁的な側面がクローズアップされているからだと感じています。

田沢に力があるのなら、ドラフトを経て、NPBで活躍する場が与えられるべきです。プロ側がその力を求めないのであれば、それは実力主義の原則に基づき、田沢は残された時間でチャンスをつかむために努力をするしかないと思います。(日刊スポーツ評論家)

<またメジャー挑戦、だめならNPBも>

あいさつ代わりの3者凡退だった。田沢は0-0の6回、2番手で初登板。左打者をスプリットで空振り三振、右打者をスライダーで空振り三振、左打者をスプリットで二ゴロ。球場表示の最速は147キロだったが、球団のガンでは152キロを記録。「かなり緊張しました。初登板だし、どういうバッターか知らないので」と打ち明けたが、3人目の初球にはクイックで投げ、タイミングをずらした。大柄な5番打者相手に「びびったから」と冗談めかしたが、データがなくても洞察で補った。

次のステージへ再発進の登板だ。角監督は「このオフ、もう1回メジャーを目指す。それがダメなら、もう1年やってNPBも。それが共通認識です」と、2年はNPB入りできない現行ルールを踏まえて話した。熊谷では今季初の有観客試合。田沢は「振り返って、今日の登板が良かったなと言えたらいい」とファンに帽子を取って応えた。

◆田沢ルール ドラフト対象のアマチュア選手が国内球団を経由せずに海外でプレーした場合、その選手が帰国しても高校出身選手は3年、大学・社会人出身選手は2年、ドラフト指名が凍結されるという12球団の申し合わせ事項。08年に田沢純一がドラフト前に米挑戦を表明し、新日本石油ENEOS(現ENEOS)からレッドソックス入りしたのをきっかけに制限が設けられたため、通称として呼ばれる。

◆田沢純一(たざわ・じゅんいち)1986年(昭61)6月6日、横浜市生まれ。横浜商大高では2年夏に甲子園出場(登板なし)。05年に新日本石油ENEOS(現ENEOS)入社。08年都市対抗で4勝を挙げて優勝し橋戸賞受賞。同年12月、レッドソックスと3年契約し、日本のプロ野球を経ずにメジャー契約を結んだ初の日本選手となった。13年ワールドシリーズ優勝。17年からマーリンズ、18年途中からエンゼルスでも登板。大リーグ通算388試合21勝26敗4セーブ、89ホールド、防御率4・12。7月13日にBC・埼玉入団発表。180センチ、90キロ。右投げ右打ち。