王貞治氏「尊敬」野村氏を本塁打で抜いた場面を回顧

引用元:日刊スポーツ
王貞治氏「尊敬」野村氏を本塁打で抜いた場面を回顧

ソフトバンクの王貞治球団会長(79)は、野村克也氏の訃報に触れ、報道陣の前に次のようにコメントした。

【写真】今年1月25日、シダックス野球部OB会であいさつする野村克也氏

-野村さんが亡くなられたことの心境は

王会長 金田さんに続いて、また残念な気持ちです。金田さんのお別れ会では車椅子ではあるけれど元気そうだったので、まさかと思いました。本当に同じ時代を悪戦苦闘しながら戦った戦友が亡くなるのは残念で仕方ない。ご冥福をお祈りします。

-お別れ会ではどんなお話をされたのでしょうか?

王会長 お互いに「体調はどうだい」と話し、いろんな意味で戦ってきた仲間(金田氏)が残念なことをしたねと話していた。元気そうだったからね。野球に対しても意欲は強い人だった。そういう思いがあるうちは体はいいんだけどね。私も戦っているなかで、いろいろ葛藤もある。ノムさんにもあったと思う。

-野村さんとの対戦で心に残っていることは?

王会長 対戦はオープン戦、日本シリーズしかなかった。私がホームランを打てるようになってから、ノムさん宅におじゃまさせてもらうようになった。たくさん話もしたし、食事もごちそうになった。交流はあった方だと思う。何でも話せる仲だったし、ボクといる時間は楽しそうにしていた。

-現役時代では野村さんはささやきが有名でしたが

王会長 何かブツブツ言っていたね。聞こえるけど、打つのにどうこうはなかった。そんなものを聞いているようでは打てない。長嶋さんにも張本さんにもあっただろうけど、それに引っかかるようでは結果は出ない。

ノムさんは頭の野球をしていたね。我々は感覚だったが、ノムさんは感覚プラス頭脳があった。だから選手としても監督としても成功したのでしょう。残念ですが金田さんといろんな話をしてほしいですね。

-野村さんも心残りだったのでは?

王会長 野球界の変化を見たかっただろうと思う。特に今年は五輪があるし。頭脳をプラスして自分の持ってるものを生かそうとしていた。今の野球も野村野球がずいぶん浸透して伝わっている。これからも野村イズムは生きていくでしょう。

-甲斐選手が19番を引き継いでいる

王会長 19番といえばノムさんだったから。甲斐にもリード面とかノムさんを理解しながら甲斐流の捕手像を作ってほしい。スローイングが武器と言われるが、あとはリード面とか、ノムさんみたいに打撃にも通じるように頭を使ってほしい。

-野村さんは「王さんがいたから2番目だった」と言っていた

王会長 ボクはまだそのころ若かったから追いついて追い抜こうというのはなかった。日本のホームラン数の記録でノムさんに追いついた時は、ノムさんも抵抗して並行してホームランを打って、意地を見せていた。勢いはボクの方が上だったけどね。ノムさんも分かっていた。ボクに抜かれるなら仕方ないと。実際に認め合って、尊敬もしていたから。