悲願の覇権奪回には“落合流”コテコテ昭和野球しかない!? 小田氏「北谷の観覧車を見ると今も吐きそう…」

引用元:夕刊フジ
悲願の覇権奪回には“落合流”コテコテ昭和野球しかない!? 小田氏「北谷の観覧車を見ると今も吐きそう…」

 【ココリコ遠藤章造 プロ野球独り言(特別版)】阪神再建論

 球春の到来に合わせて、愛しのタイガースを語り尽くす特別版「ふたり言」コラムを5日連続でお送りします。お相手は前回の侍ジャパン編に続いて、夕刊フジコラムニストの小田幸平氏(42)。実は東京の住まいもご近所同士だったという2人が、昨今の野球界への提言も交えつつ、14年間もリーグ優勝から遠ざかる阪神に愛のムチを加えます。悲願の覇権奪回には“オレ流”のコテコテ昭和野球しかない!?

 遠藤「今更、さっき分かったんですけど、僕らめちゃくちゃ家、近いですね。自転車で1分くらい。今度、ご飯行きましょうね」

 小田「ぜひぜひ。コンビニも一緒のところ使ってますよね」

 遠藤「ホンマ親近感わくなあ。さて、2020年はスポーツの盛り上がる年ですからね。その中でも野球ですよ。やっぱり阪神について聞きたいんですけど、小田さんも独立リーグの愛媛でコーチをしていて、自分たちが学生のときの教え方って今だと絶対に合わないじゃないですか。ダメなこと多いでしょう? でも48歳のおっちゃんが見てて、阪神の若手にはもっと練習させた方がええんちゃうかなと。僕は元中日監督の落合博満さんが大好きなんですけど、就任1年目のキャンプは6勤1休でしたよね。『弱いんだからやるしかない』って」

 小田「あの時はホンマに死にましたけどね。29歳にして足が速くなりましたから」

 遠藤「すげえ(笑)。でも、めちゃくちゃ追い込まれたわけでしょう? 今の阪神にはそういうのが必要なんちゃうかと思うんです。仲のいい評論家の方と話していたら、『やらせすぎたらケガするんや』って言うんです。でも、ケガをしないように追い込んでいくのがプロちゃうんかとも思うんですよね」

 小田「同感ですね。でも僕は(キャンプ地の沖縄・)北谷にあるアメリカンビレッジの観覧車を見ると、いまだに気分が悪くなる」

 遠藤「マジで!? 僕はアメリカンビレッジ行ったら、テンション上がってしゃあないですけどね」

 小田「もう、下がりまくりです。キャンプではタイムをずっと測りながら走るんですが、設定タイムを切れなかったら終われない。朝から馬のようにずっと走ってたんで。落合さんのノックをサードで受けていたとき、ライトに打たれてましたから。捕ってサードに帰ってきて、次もライトだろうと走り出すと、今度は走り出した地点に打つんです」

 遠藤「それくらい追い込むんや…。でも落合さんも腹くくってるわけですよね。これだけ追い込んでるから結果出さないとって。で、ちゃんと結果出されて8年で4回優勝。しかも就任の年なんて、補強という補強をせずに底上げで勝つわけじゃないですか。そういうことをタイガースでもしてもらえたら、ファンも納得する。結果が出なくても『ここまでしたんやからしゃあないやんか』と」

 小田「実際、落合監督に走れといわれたことで、そこから9年間現役でできたので感謝しかないんです」

 遠藤「ぼくらは6つ違いで世代が近いじゃないですか。ギリギリ、精神論を取り込んだ練習を経験してる。60代の方とかは水を飲むなとかのホンマの精神論ですけど。今の20代とは全く違いますよね。今だと、どの監督がそこに近いですかね」

 小田「厳しくてきっちりした野球をするのは西武ですね。辻(発彦監督)さんはそういう方です。細かい野球もできるし、走らないとアカンよという。しかも周りも見えている。ぼくは昔の野球が好きですけどね。ガンガン走って鍛えて」

 遠藤「僕もです。だからこそ今はチャンスやと思うんです。どの球団も今風な感じなら、1球団くらいコテコテのゴリゴリの昭和っぽいチームがあっていいと思うんです。阪神がそれをやったらいいのに。若手が育ち切らない状況を変えるのなら、徹底的にしごいて耐えられた奴だけで泥臭くいけばいいんですよ。そういう阪神を見たいなあ」(明日に続く)

 ■遠藤章造(えんどう・しょうぞう) 1971年7月13日、大阪府豊中市生まれ。香川・寒川高に野球留学し、主将で“くせ者”として活躍も甲子園出場はならず。中学時代にバッテリーを組んでいた田中直樹とココリコを結成、吉本バッタモンクラブのオーディションに合格して92年デビュー。

 ■小田幸平(おだ・こうへい) 1977年3月15日、兵庫県生まれ。市川高、三菱重工神戸を経て97年ドラフト4位で巨人入り。2005年中日移籍、14年引退。“第2捕手”として重宝された。公式Youtubeチャンネル「はげch.」で巨人・坂本の登場回は再生数30万回の大ヒット。