高野連前事務局長・竹中雅彦氏お別れの会開く 八田会長「天国から甲子園へ熱い声援をお願いします」

 日本高校野球連盟(高野連)前事務局長の竹中雅彦氏のお別れの会が1日、大阪市内の中沢佐伯記念野球会館で行われ、高校野球関係者が参加した。

 竹中氏は10月16日に間質性肺炎のため、和歌山市の日本赤十字社和歌山医療センターで死去した。64歳だった。和歌山市出身。桐蔭(和歌山)時代は軟式野球部に所属、成城大で硬式野球に転向した。社会科教師となり、80年、母校桐蔭の軟式野球部監督。新宮で硬式野球部長、星林野球部長時代は教え子に小久保裕紀(後にソフトバンク、巨人)がいる。88年、和歌山県高野連常任理事。96年、当時全国最年少で県理事長に就いた。

 03年、日本高野連常任理事、選抜大会選考委員。11年、教師を退職し日本高野連に入局し参事。13年に事務局長に就任した。

 在任中、高校野球100年、夏の選手権100回大会と大きな節目を迎えた。部員減から連合チームを認め、野球振興を念頭に「高校野球200年構想」を立ち上げた。今春4月、球数制限などを検討する「投手の障害予防に関する有識者会議」を発足させた。今年夏の第101回全国高校野球選手権大会(甲子園)でも大会を支え、大会後、9月8日までU18ワールドカップ(W杯=韓国・機張)で日本代表を引率していた。

 高野連・八田英二会長は「退任を前に、9回2死、最後の打者を前に交代して旅立たれた。ウイニングボールを渡すことが出来ず、寂しさが募ります。そちらでは往年の球児と再会されているでしょう。天国から満員の甲子園へ熱い声援をお願いします。声がかれるまで」とあいさつ。故人の冥福を祈っていた。